今回は、配布中の「なかのりコラム」5月号についてご紹介します。テーマはずばり、「先生とは何か?」。
なぜこのテーマを選んだかというと、現在Nozomiでは、3人の新しい大学生インストラクターたちが、現場で子どもたちの指導に奮闘しているからです。
「先生」と呼ばれることの重み
彼らは長年Nozomiで学び、私たちの「答えを教えず、失敗から学ばせる」という教育方針を身をもって体験してきた子たちです。今では、その経験を活かして“教える立場”として子どもたちに向き合っています。
ただ、子どもたちにとっては、私のようなベテランであっても、新人の大学生であっても「先生」であることに変わりはありません。
しかし、「先生」と呼ばれることで、自分が偉くなったような錯覚に陥ってしまう危険性があることも事実です。
「先生」という言葉は、「先に生まれた人」と書きます。つまり、経験を先にしてきただけの存在であり、それを次の世代に伝えるのが役目。
私はこの考えを大学生のインストラクターたちにも繰り返し伝えています。子どもたちは素直に先生の言葉を信じてしまう。だからこそ、私たちは間違ったことを教えてはいけないのです。
日大アメフト事件から学んだこと
このテーマに思い至ったきっかけのひとつが、数年前の「日大アメフト部のタックル事件」でした。 監督の指示で危険なプレーを実行してしまった学生が、後に記者会見でしっかりと自分の言葉で説明する姿が印象的でした。
20歳前後の大人でさえ、「先生(監督)」の指示に逆らえない空気がある。それが、まだ判断力の未熟な小中学生であればなおさらです。
だからこそ、私たちが「先生」として発する一言一言には、大きな責任があると感じています。
指導者こそ、日々学び続ける存在であるべき
指導する立場である私たちが学ぶことをやめたら、そこで終わりです。子どもたちの未来を預かる以上、先生こそが日々学び、成長し続ける存在でなければなりません。
Nozomiでは、「先生=学び続ける人」という文化を根付かせていきたいと思っています。これは私自身にとっての戒めでもあります。
素直でまっすぐな子どもたちに良い影響を与えられる存在であるために、私たちは日々「初心」を忘れずに、誠実に、真摯に教育と向き合ってまいります。